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学科 産業関係学科
年度 2013
ゼミ名 石田 光男
タイトル 若年層を取り巻く課題と解決策
内容  日本において今や若年層の雇用問題は解決、改善が急がれる問題である。3年で3割が辞める新卒離職問題、フリーター問題そして日本固有の新卒一括採用など、様々な問題に関して議論が交わされて来たが、未だに効果的といえる解決策、改善案を見い出せていないのが現状だ。
 しかしながら、少しずつではあるがこれらの問題は解決に向けて動いている。入社前と入社後の仕事のギャップによる早期離職を抑え、学生の就職観や企業の行う仕事への理解を深めるための積極的なインターンシップの導入、またフリーター問題に関しても今日の日本は決してフリーターから正社員への道が閉ざされているというわけではない。また、就職活動の時期についても2016年卒業学生から遅らせることが決まっている。
 今後これらの問題を解決していこうと考えるなら我々若者がこれらの問題に興味を持つことが必要だ。これらの問題に興味を持ち、働くということが自分にとってどのようなことなのかを考察することで問題解決の近道になるのではないだろうか。
講評  卒業論文は一人一人の言葉の正しい意味での自己紹介だと思う。「わたしはこういう人間です」「これ以上でもこれ以下でもありません、私という人間は」ということをどうしても表現することになってしまうのが言葉の本性だからである。言葉遣いの現在の到達点、それが各人の卒業論文である。
 そこからが君たちの出発である。
 いくつかのコメントをしたい。
 第一、参考文献からの引用は丁寧にということを強調した。私は正直な論文が好きだ。だから他者からの引用と自分自身の言葉とを仕分けする作業は正直な自分になる作業である。その結果、みすぼらしい自分の発見に行き着くことが多いとは言え、かすかな輝やきをたたえている自分もそこにはかならずいるはずだ。その輝きを火種にこの人生を歩むのだ。
 第二、実証的な研究であれ、文献研究であれ、自分を横に置いた論文はよくない。直ぐに反論があろう。実証研究であれば、事実に虚心に向かえば向かうほど自分などを出しようがないではないか、文献研究であれば文献の論旨を正しく追えば追うほど自分などを出しようがないではないかと。しかし、無限な事実の中からどんな事実が重要だと観るかに自分が現れるのだし、文献研究であればマル写しでない以上、自分の読み方が現れるのだ。その自分の現れ方、あるいは表し方が自分の個性であり、その説得力が自分の力量なのだ。そもそも自分を隠し続ける勉強などは面白くもないはずだ。勉強は打算でやるのではなくて面白いからやるのだ、ということをわかって卒業して欲しい。
 第三、研究(勉強)と社会での仕事の関係。研究(勉強)は卒業で終わり、4月からは仕事という別世界だという理解は浅はかである。仕事を始めてみて本当の勉強が始まったと先輩たちは言う。実は地続きなのだ。全く二つの世界が別物であれば、いいですか、大学での勉強は無用だということになる。その気配が濃厚に漂っているのが現代日本ではあるけれど。仕事には実践が伴うが、勉強には認識という脳細胞の活動はあっても実践が伴わないという区分が先の言明の根拠になっているが、認識と実践とはさほど機械的に区分できない。「こう考える」、だからこうしてみようというように地続きになっているのは自明ではないか。偽りのない自分の到達点としての卒業論文を直視して、そこから自らの研鑽を積み上げていって欲しい。
キーワード1 新卒一括採用
キーワード2 早期離職
キーワード3 フリーター
キーワード4 インターンシップ
キーワード5 若年層
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