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学科 産業関係学科
年度 2017
ゼミ名 三山 雅子
タイトル ワーク・ライフ・バランスの実現可能性
内容 2015年12月に起こった某大手広告代理店の女性社員の過労自殺のニュースは、就職活動を控えている私にとって印象的な出来事であり、日本の長時間労働問題に関心を持つきっかけとなった。2017年3月に政府は「働き方改革実行計画」を発表した。この取組は日本の企業や暮らし方の文化を変え、ワーク・ライフ・バランスを推進するものである。この取組によって長時間労働は是正され、ワーク・ライフ・バランスは実現できるのだろうか。
日本の労働時間は欧州諸国と比べると長時間であり、その背景には36協定の存在や上司の評価態度などが関係している。そして、長時間労働は心身の健康を損ない、過労死・過労自殺を及ぼす可能性が高い。厚生労働省は過労死ラインを80時間とし、それ以上の労働は心身の健康を損ない、過労死・過労自殺に至ると述べている。
働き方改革実行計画では、長時間労働の是正として繁忙期の上限時間を100時間としている。これは過労死ラインの80時間を超えた時間数である。このことから私は働き方改革で長時間労働は是正できず、ワーク・ライフ・バランスも実現できないという結論に至った。今後は過労死防止対策推進法に期待していきたい。
講評 今年もやはり同じことを書くことになった。卒論のでき具合は二極化していて、それは執筆にかけた時間に比例するということである。夏休みが終わって秋学期が始まるけれど、その頃から準備を開始して書かれた卒論は卒論らしい、つまり荒削りではあるけれど今を生きる20代の人たちの切実な関心が書かれているものに仕上がっている。一方、11月も終わり頃から取り掛かり始めた卒論は、なんとかなって事実をなぞるのみである。言い換えるならば自分の見解というものを突きつけて考えた跡が見られない。メディアで流れている考えがそのまま書かれている。その人らしい表現も皆無である。だから読んでいてつまらない。
なぜこうなってしまうのか?これもやはり同じことを書かざるをえない。全てを疑うという意味で考えることが生きていく上で必要不可欠であるとは思っていないということであろう。今ある流れに乗っかることができたならば大丈夫なのだという感覚がそこにはある。だから大学で学ぶことは抽象的な絵空事を学ぶにすぎないのであろうし、卒論もその延長線上にあるのだと思う。だから力が入らない。全ての大事なことは会社にあるのであろう。
けれども、こういった事態は、これからは知価社会だと言いながら、そういった認識を持ちながら、教育予算を平然と減らしてきた日本社会にふさわしいことなのかもしれない。つまり実利的な???今日、明日に役に立つこと、だからすぐさま役に立たなくなる???ことを学ぶこと以外の価値がわからない。しかしこれも貧乏国、新興国から金持ち国に成り上がたっはいいが、いかなる金持ち国になったらいいかわからず、貧乏国時代と同じことを繰り返しているこの国にみあったことなのであろう。
さてどうしたらいいものか?教員としては、それでも学ぶこと、学ぶことの相互交換を通して、知ること、考えることなくしては実利さえも失ってしまうことを伝えていくしかないのであろう。
キーワード1 ワーク・ライフ・バランス
キーワード2 長時間労働
キーワード3 過労死・過労自殺
キーワード4 過労死ライン
キーワード5 働き方改革
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