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学科 | 教育文化学科 |
年度 | 2020 |
ゼミ名 | 奥井 遼 |
タイトル | 触れ合う中で考える療育のあり方 |
内容 | 本稿は、筆者が約1年間行った療育園でのボランティア活動にて発達障害のある子どもたちと直に関わり合ったことを出発点とし、彼ら・彼女らを真に理解するとはどういうことかを明らかにする試みである。発達障害という診断は医師によってのみ行われる客観的で正確なものであるが、その診断をどのように捉えるべきか。ASDやADHDといった障害の分類も行われているが、その分類および分類ごとの特性を知ったからといってその子自身の特性を理解したことにはならない。そこで筆者が経験した事例をもとに、療育園という子ども一人一人に個別対応が求められる場において、そのような診断に基づく理解を超えた関わり合う中での「理解」が必要であることを示す。第1章では療育および発達障害という言葉を定義した。第2章では療育園での事例の検討を行い適切な発達支援のあり方を考察した。第3章では筆者と療育園職員という2つの視点から真の療育のあり方を示した。 |
講評 | 障害に対して与えられた診断名は、子どもの特性を表す一つの表象にすぎないが、そのラベリングによって子どものことをわかった気になってしまってはいけない。療育園にて地道にフィールドワークを重ねた著者は、障害に合わせて、というよりも子ども一人一人に向き合いながら療育を行う現場の活動を描き出す。著者も職員も子どものことを理解しながら日々の療育を行うが、その「理解」のありようこそ、第三者的な診断でもなければ、概念を当てはめる認識でもない、子どもとの日々の関わりの中から培われた実践知である。 |
キーワード1 | 療育 |
キーワード2 | 発達障害 |
キーワード3 | 診断基準 |
キーワード4 | 関わり方の基準 |
キーワード5 | 個別対応 |
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