詳細
学科 産業関係学科
年度 2021
ゼミ名 三山 雅子
タイトル なぜ日本では女性管理職が増えないのか~ドイツの女性活躍推進から考える~
内容 本稿は、なぜ日本では女性管理職が増えていないのかという問いに対し、日本とドイツの女性活躍推進政策の比較を行い、その原因と今後の課題を明らかにした上で、それへの対策を探った。第1章では、日本の女性管理職比率の低さについて記述し、第2章で、年功賃金制度と男女育成格差が女性の管理職への登用を阻む二つの要因であると述べた。そして第3章では、その要因の一つである男女育成格差を解消し女性管理職を増やすには、現在日本の女性活躍推進政策に何が必要かを提示するために、日本とドイツの女性活躍推進の比較を行った。またドイツの女性クオータ法や女性従業員を対象とした人材育成プログラムなど、日本でも導入すべきと考えられる制度について述べた。第4章では、国際比較から明らかになった日本の女性活躍推進政策の課題と、それへの対策としてドイツの制度が適していることを論じた。最後に第5章で、女性管理職が増えていない原因を女性活躍推進政策から考えるだけでなく、若年労働者の低い昇進意欲や性別職務分離からも検討すべきであったことを今後の研究課題として述べた。
講評 卒論を読んで第一に感じたことは、卒論が二極化しているということである。卒論執筆者本人が知りたい、解決したいと考えているテーマを扱っている卒論は、テーマ決定に手間取っても、一度テーマが決まったならば進捗は早かった。もちろん、卒論検討のゼミでは、それでもここはなぜこう考えるのかとか、こういった視点から考察した方よいのではないかなど、指摘すべきことは多々あった。しかし、執筆者本人が切実さをもって書いている卒論は、このように執筆者本人と教員とのあいだで卒論を通して対話することが可能であった。それに対し、なぜそのテーマをとりあげるのか、テーマ決定があいまいである場合は、進捗が遅いのみならず、手軽にアクセスできる文献にあたり、一通りまとめるのみで終わりがちで、内容以前の問題をクリアーすることに時間を取られていた。
どうしてこのような違いが生じるのか。はやはり、大学で学ぶということに対する卒論執筆者本人の向き合い方の違いを反映しているのであろう。学ぶことをあくまでも机上のことと考えるか、机上で知ったことが他ならぬこの自分に降りかかることでもあると認識するかの違いである。皆さんには知ることは自分を守ることでもあることを知っておいてほしいと思う。
辛口の講評を書き連ねてしまった。しかし卒論を読むと、若いということ、新しい時代しか知らないということはリスクはあるものの、中高年はもはや持ち得ていない高感度のアンテナを保有していることでもあるということを、強く感じさせられもした。今年の卒論では、親ガチャやメンバーシップ型雇用に付きものの転勤、女子学生が一般職を進んで希望すること、オンライン勤務、奨学金問題等が取り上げられていた。まさに今、社会を揺るがしている問題ばかりである。こういった事柄をテーマとして設定する点に、今の20代のアンテナが現れていると思う。ともあれ皆さんの未来が光に満ち溢れていることを強く願っている。
キーワード1 女性管理職
キーワード2 女性活躍推進政策
キーワード3 女性クオータ制
キーワード4 女性向けの人材育成プログラム
キーワード5  
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